井上 ひさし『下駄の上の卵』

下駄の上の卵 (新潮文庫)

下駄の上の卵 (新潮文庫)

物語は「球は転々」からはじまる。終戦直後。山形県に済む主人公(少年)達は軟式野球のボールを求めて東京へ行く。

主人公達の行動力に私は感心する。この物語におけるボールをはじめとしたものに対する意識はバブルに生まれた私には理解しづらい。もちろん本書は私より年上である。ほんのすこしではあるが。

当時(終戦直後)にコロッケが珍しいものだったのかは知らないが、音的にも面白く印象的だった「コロッケとビール」のくだりを引用しておく。どういういきさつでこの会話になったのかは説明が面倒なので割愛(それじゃあ引用でもなんでもないと言われそうだが)する。


「うるさい小僧だな。ここはコロッケとビールじゃないとおれの立場がなくなってしまうのだ」
「鉄道のことで嘘が通用しているようだと、ぼくの立場がなくなってしまうんです。なにしろぼくは駅長の息子だし……」
「わかったよ、もう。じゃあ軍人が葱鮪(ねぎま)を肴に桜正宗を飲んでいたというのでもいい」
「それならいいんです」

コロッケとビールとの組み合わせと、葱鮪と桜正宗との組み合わせとの対比が面白い。音的にも、絵的にも面白い。やりとりもばからしい感じが出ていて面白い。

物語の結末には「たまげた」。まさかあんな風に終わるとは思っていなかった。最後の一文である 「そう思って修吉はのろのろとボールを追って行った。」などは雰囲気が出ていて良かった。

最初から最後まで「ころがる球を追いかけるような内容」だった。