あたしの髪を切らなきゃ

髪を切った。バッサリと。切ったというよりは刈った。限りなく剃(そ)るに近い刈るだ。とかしつける髪はない。前髪もない。襟足もない。バッサリと髪を切った。

前髪があると気が散る。前髪があると伏し目がちになる。視線が下がると気持ちも下がるし思考も下がる。すべてが下へ下へと向かっていく。スノーボードで顔の向く方向に体が動いていくのと同じだ。

人と目を合わせなくなる。会話が怖くなる。話し掛けられるのも話し掛けるのもすべて怖くなる。気づけば家に居る。ずっと家に居る。部屋に居る。一人きりで部屋に居る。画面内の自分の分身と向かい合って座る。一人で自分と見つめあう。ひたすらに自分を見る。自分だけを見る。内側へ内側へと向かっていく。

このままではダメだと気づく。自分しか居ないことに気づく。一人しか居ない部屋の怖さに気づく。画面の向こうで座り続ける分身の怖さに気づく。誰も居ないことが怖くなる。すべてが会話と同じ怖さを持っていることに気づく。すべてが怖くなる。

何かをきっかけに変わりたいと願う。

髪を切る。バッサリと切る。

前髪を切る。空を見る。川を見る。道を見る。画面の縁のない世界を見る。分身の居ない世界を見る。見る。見える。見えるようになる。見るようになる。世界が変わる。自分が変わり世界が変わる。変わって見えるようになる。

髪を切らなきゃ。前髪は怖い。髪を切らなきゃ。