下り電車と本屋

行きも帰りも下り電車だった。

私は電車にゆられていた。ガラスを反対向きに流れる電光掲示板の文字や、その向こうに見える真っ暗な街を眺めていた。同じ方向なのに、行きと帰りでは、気持ちがひどく違っていた。自動ドアの脇にある手すりをつかみ、夜の街に受かぶ緑色の文字を目で追っていた。

途中、電車は何度も駅で人を吐いたり、吸ったりしたが、私は手すりをひしとつかんで、耐えた。いつもならなんでもない、電車の呼吸が嫌になった。一秒も早く帰りたかった。シャワーを浴びて、横になりたかった。

どうして、こんなに弱っているのかを考えた。考える元気もなかったから、考えが浮かびあがってくるのをぼんやり待った。時間は不必要なほどあった。

そして、気づいた。本を読んでいない。いつもなら、私は電車で本を読む。しかし、今日は読んでいない。なるほど、本はすごい。私は、はじめに浮かんだ考えによりかかった。どうして読んでいないのか。分かった。手元に本がない。読まないのではない、読めない。

私は目的の駅で降りた。改札を出てすぐの本屋に入り、目についた本を買った。三冊買った。読みたいわけではなかった。三冊あれば、一冊くらいはそばに居てくれるはずだ。そういう気持ちで選んだ。タイトルさえもろくに見ずに、レジへと向かった。

レジには二人の女性が居た。アルバイトだろう。エプロンをしていた。ブックカバーは要るかと聞かれたので、お願いした。一人がカバーをかけ、一人がレジを操作した。私はカードで支払った。

私が帰ろうとすると「すみません、お客様」と二人に呼び止められた。

本を受け取るのを忘れていた。