ステップの中央

死にたくなるような曇天、じめじめと湿気を帯びた風が、私をなでるように吹いている。夏を思わせる暑さだが、さわやかさはない。梅雨はもう明けたのだろうか。きっとまだなのだろう。いつ入ったかも分かっていないのに、明けるのをまだかまだかと気にするのは、いかにもおろかしい。

いつもの帰り道のことだ。プラットホームへとのぼるエスカレータに、一人の老婆がいた。私よりすこし上のところにいた。老婆の他にもたくさんの客たちがそれを利用していたが、彼女はひときわ目立っていた。なぜなら、彼女一人がエスカレータの中央に立っていたからだ。

それはなんらおかしなことではなくて、ステップの中央に立ってはいけない、とそんなルールはない。しかし、彼女以外はみんな端に寄っているにもかかわらず、彼女は中央に立っていた。彼女のその行動は、私の前にいた男を、イライラさせた。

私は普段、空いたステップの片側をトントンと歩いていくことにしている。決して生き急いでいるわけではないが、私はなにもないところでじっとしているのが苦手だ。だから、抜けられるなら抜けようとしただろう。私の前にイライラした男と老婆がいなければ、抜けていっただろう。

そう、私がそのイライラした男のところにいれば、きっと私がイライラした男になっただろう。

どちらにせよ、電車が来るまでは待たなくてはいけないし、そんなことでイライラしてもしかたない。そんな風にその状況を見ていられるのは、イライラ男とセンター老婆のおかげだった。

もしかすると、これは大変幸運なことではないか。一瞬そう思おうとしたが、ペタペタとはりつくシャツの背中と、ベタベタとこすれる襟元、ジトジトとした空気、と私の感覚との間には、イライラしたなにかが存在していなくて、それはもうイライラした。